沿革

屋号:未来開花事務所

代表:未来開花コーチ kenichi

 

未来開花コーチ kenichiの理念

Ⅰ.自分を好きであること(自己受容)

Ⅱ.他人とつながっていること(他者信頼)

Ⅲ.宇宙と繋がっていること(森羅万象)

Ⅳ.貢献しているということ(社会貢献)

Ⅴ.誰もが皆ユニークな存在であること(天才性)

 

常にこの5つを心の中に持ち、セッションを通じて伝え続けています。

 

あなたにはっきり言えることがあります。

  

「あなたに起こっている現象は必ず乗り越えられるということ」

「絶対にあきらめないでほしいこと」

「あなたには自分の中に眠っている潜在している力があるということ」

「あなたは幸せに必ずなれるということ」

 

私は、そのサポートを全力でさせていただくということ

 

 コーチは先生や医師や監督ではありません。

 

私とあなたの関係は同じです。

 

一個人と一個人の横の関係です。

 

誰もが皆天才性をもっていて素晴らしい人間なのです。

 

それを尊重することで素晴らしい関係を築けるのです。

未来開花コーチ/代表プロフィール

 

初めまして。未来開花コーチのkenichiです。

 

私は主にコーチとしては自分の現状や身の周りをよりよくしたいと考えている人をサポートする

パーソナルコーチです。

 

 

私自身とコーチングとの関りは次の通りです。

 

1.私自身、色んな失敗を重ね遠回りの人生を歩んできました。

  サラリーマンとして以前は勤めていました。

  始めからカウンセリングやコーチとして仕事をしてきたわけではないので

  クライアント様のお気持ちは自分の経験の中でも感じ取ることができます。

  会社の中で陥りがちな問題について具体的にコーチングを受けて頂くことによって解決すること

  ができます。

 

2.NLP-JAPANにてNLPを学び習得しました。

 

3.現在は行なっておりませんが無料で100名様にセッションをさせて頂き様々な方の問題を

  解決してきました。

 

私には、一般的なコーチやカウンセラーが持ち合わせていない経験とスキルがあります。

 

そして誰よりも「絶対にあきらめない。そして何があってもクライアントを守る!」という強い想いを

もっています。

 

あなたがもし「心がしんどい」「なんだか辛い」と感じているのなら、まずは私に相談してください。

 

そして「変わりたいけど変われない」「もっと現状をよりよくしたい才能を開花させたい」という

気持ちがあればぜひご連絡ください。

 

私と一緒にあなたの未来を開花させ

人生を変えてみませんか?

 

 

未来開花コーチ kenichi

 

心理カウンセラー・メンタルコーチ /速読インストラクター

 

 米国NLPプラクティショナー

 1983年大阪生まれ。

 

大学卒業後、小売業のコンサルタントとして会社に勤務。

店舗に対してビジネスコンセプトの見直しから商品作り、集客、営業方法、経費・在庫等の数値管理

決算書を把握したうえでの的確なアドバイスを行ない収支改善を行なう。

 

2012年よりコーチとして独立。 

 

   

主な相談内容

 

・自信喪失

・うつ病からの復職

・人間関係の改善

・営業成績アップ

・コミュニケーションスキル向上

・拒食症の改善  

・苦手意識の克服 等

 

セミナー実績

 

・2012年9月   「夢をかなえるセミナー」開催 大阪
・2012年12月  「心の使い方セミナー」開催 大阪

・2013年4月  「コーチングセミナー」開催 東京

・2013年5月  「折れない心の作り方セミナー」開催  大阪  

・2013年7月  「目標設定の立て方セミナー」開催 大阪

沿革

屋号:未来開花 事務所

 

【未来開花コーチ:kenichiの想い】なぜ人をサポートすることを選んだのか

劣等感でいっぱいだった いつも自信がなかった学生時代

私は男3兄弟の長男として生まれました。
 
幼い頃の写真を見ると両親に可愛がってもらったんだなとほんとうに思います。
 
長男として生まれた私は一切の両親の愛情を独り占めしていました。
 
しかしながら私は、弟が生まれてから何か寂しい思いをするようになったのです。
 
うまく表現できないですが愛情が私から弟に移ったように捉え弟を嫉妬していたのです。
 
小学生の年齢に上がると学校教育に通うようになります。
 
それまでなかった成績表が与えられ他人から初めて評価をされるようになります。
 
私は勉強が好きではありませんでした。
 
テストも当然楽しくありませんでした。
 
私は変わった子供でテストの解答がわかっているのに書かなかったり適当な答えを
わざと書いたり気分でテストを受けていました。
 
今、思うと私は孤独で両親や周りの人間に関心を集めたかったんだと思います。
 
そうして関心を私は集めていました。
 
しかしながら、弟が小学生に上がると私は弟と比較されるようになりその関心は
 
つらく厳しいものになりました。
 
弟は真面目で母親の期待を裏切らないように努力をしていたように思います。
 
クラスで勉強は一番でした。
 
私は長男であるためお兄ちゃんと呼ばれながらも弟と比較され自信をなくして
 
いきました。
 
走ることだけ唯一得意でした。クラスで一番速かった。そのことだけは自信があった。
 
しかし、中学生にあがると唯一あった自信は砕けていきました。
 
私のセルフイメージは低いままでした。
 
高校受験も自分の行きたいところへは入学できませんでした。
 
悔しい思いを抱えたまま高校に入学します。
 
その思いが今回ばかりは継続してあったためか高校生になってからは
これまでの自分に嫌気がさして殻を少しづつ破っていくようになりました。
 
特に大きなきっかけはありません。感情に嫌気が刺したからだと思います。
 
私は勉強が好きではありませんでしたが勉強を少しばかりかするように
なりました。
 
面白いものでやれば結果が出るのです。
 
私の学校はテストの成績が張り出される学校でした。
 
たいした学校ではないのですがトップ20に入りました。
 
その感覚は忘れません。
 
初めての成功体験、自分に満足した経験でした。
 
その体験を一度味合うと自然と身体と心が動きたい方に動きます。
 
成績は徐々に上がっていきました。
振り返ると勉強というものを、机に座るということをしていました。
 
少しでも自信をつけるとそのほかのことも上手く回り始めます。
 
人間関係がほんとうによくなったりしました。
家族や兄弟、友達においてすべてが良くなりました。
 
彼女もできこれまでと別世界を生きているかのように幸せを感じて
いました。
 
良い思い出です。
 
舞い上がっていた私はまた遊びに夢中になりました。
 
今度は大学受験の年になるにも関わらず焦りながらも
プライオリティーをはっきりすることができず
勉強も恋愛もどっちつかずになっていました。
 
結果には必ず原因がつきものです。
 
私はまたしても自分の行きたいところに行けず今度は
浪人という選択をしました。
 
浪人時代もまだ人生のプライオリティーをはっきりできずにいました。
 
その頃の私はあの時の大きな成功体験を完全に頭から失念していました。
 
自信を再び喪失していました。
 
上手くいかないときは他のことも上手くいかないように思ってしまいます。
 
そしてそれを引き寄せ現実化してします。
 
浪人後の再大学受験でしたが、またしても希望の大学に行けなかったのです。
 
どうすればいいかわかりませんでした。
自分の不甲斐なさ、無力さに泣きました。
 
また浪人する気力は残っていませんでした。
 
私は妥協しました。
父親の仕事を継ぐことに傾いていましたが友人の言葉で心変わりし友人の
いる大学を受けることにしました。
 
また妥協の選択を受け入れました。
 
大学ではこれまでの自分が希望とする高校や大学に行けなかったことから
 
その思いを二度と忘れないことを決心し真面目に何ごとも取り組んでいました。
 
自分でテーマをもって主体的に選択をするようにしていました。
 
具体的には社会人になる時に困らないようにするために先を見越して
 
経営、経済、人間について学ぶことをすることを決め自分の学科外の
授業もたくさん受けていました。
 
大学で学びたいことを学べる環境は最高に楽しく学ぶことの楽しさを
ほんとうの意味で知れたことは非常に大きかったです。
 
しかしながら私のしたいこと夢が見つかりませんでした。
 
就職先が決まったものの最後まで悩んで活動をしていました。
 
答えが出た時には遅かった。
 
悶々として日々を過ごしながらずーっと考えていました。
 
自己分析をしながら振り返り続けていたらふと思い出したのです。
 
私の目的が、生きる目的が見つかったのです。
 
偉大な先人の言葉に私は救われてきました。
そして自分を変えていくことができました。
 
本は私にとって人生の先生、心の支えでした。
 
本がなかったらと考えると今の私はない。
 
そうだ。自分が気づきを与えてもらった本に恩返しをしよう。
 
良書を広めることをして自分のように救われる人がたくさん
 
いるはずだ。
 
出版社に入ろう。そして自分の好きな本を広めよう。
 
気付いた時には4回生の秋で募集は既に終わっていました。
 
就職浪人するか就職してから3年後に出版社を再度目指すかを
考え就職してから勉強してパワーアップしてから目指すことを決めました。
 
私には強い動機があった
 
3年という日にちを決めました。この3年間を無駄にしない。
3年の間になれる最大限の自分になることを決心しました。
 
具体的には同期には絶対負けない。一番先に出生してやる。
 
3年後に出版社に行くので出生自体には全く興味はなかったのですが
役職が上がれば責任が求められ仕事の内容も変わるためそこから得られるものが
大きい。より成長できると考えたからそこを目指しました。
 
願望は叶う
 
目標が明確化であればあるほど現実化する
 
1年という日にちを設定しました。
 
その設定した通りに私は自分の希望する仕事を手に入れました。
 
役職があがり、責任ある仕事につけました。同期の中で一番乗りに達成できました。
 
本から学んだことが血と肉として少しづつ自分の身になっていました。
 
見えていたことが現実になった時、学んだ真理を実感できた。
 
この達成は強烈な経験であり、過去の成功体験とこの時の成功体験が点から線へと
 
繋がります。
 
順調にサラリーマンとして結果を出していきました。仕事をより楽しんでいました。
 
気付いた時には3年が過ぎていました。
 
いえ気付いた時ではありません。3年の月日が経つのをカウントしていました。
 
しかしながらまだこの場所でしたいこと、成し遂げたいことが生まれそれを達成してから
 
移りたいと思うようになっていました。
 
計画は変更された。
 
月日はあっという間に過ぎます。3年を過ぎてからはズルズルっと行ってしまった感じです。
 
事を起こすのに5年もの歳月が必要になっていました。
 
振り返るとゴールを設定しましたが、それに向けての距離や具体的な道を把握していませんでした。
 
ガムシャラに私は走っていたのです。そして結果を得ていたので目先のものに満足しきっていました。
 
私のゴールは別のところにあったにも関わらずです。
 
いや私は怖かったのかもしれません。新しい世界にいってまた最初からスタートすることや果たして
 
通用するのかというところで疑問視していたため行動に移せなかったと今はそうように思います。
 
マインドセットがまだできていなかった。
 
私は私の倫理から仕事をしながら会社を受けることができませんでした。
 
ですので会社を辞めてから出版社に転職することに決めました。
 
もちろんネット等でリサーチだけはしていました。あまり募集がないのはわかっていましたし
 
数少ないチャンスを物にしないといけないこと(狭き門)、直接会社に問い合わせれば面接をして
 
もらえうまくいくと思っていました。
 
しかし現実は甘くないものです。
 
募集はあったもののことごとく不採用になりました。
 
過去に実績を上げたし、仕事が変わってもまた結果を出せると強く思っていたにも関わらず
 
良い返事をもらえない。
 
保険のため、出版社以外の会社を受けると採用通知をもらえる。なぜだ…
 
人生は思っている通りに上手くいかない
 
最終面接までいくも良い返事がもらえない。募集もなくなってしまった。
 
途方にくれました。現実はきびしいものです。
 
生きるためには稼ぐしかない。稼げないと生きていけない。
 
仕方なく出版社を一旦諦め、違う会社に転職し足りないと思うところの力をつけて
再チャレンジすることに決めました。
 
転職して結果を出す。
 
転職をしたものモチベーションは失わず結果を出すことに再度こだわって取り組みました。
 
これも勉強だと違う学びたいことを学べる機会ができたと思い必死に頑張りました。
 
思うような結果は出せ満足できましたが、やはり心が満たされないのです。
 
自分のやりたいことではない。やりたいことがある。やりたいことをしたい。
 
しかし募集がない。制約条件がある。
 
現実はまたしても厳しい
 
本からたくさんのことを学んだ私でしたが、人様からも多くのことを学ぶようにもなりました。
 
セミナーにも参加するなどして会社外にも多くの人と付き合うようになりました。
 
他人の生き方を知る
 
そのことで私の道は広がりました。
 
それまで狭かった視野が広くなり始めていて知らなかった世界が見えてくるようになりました。
 
そして自分も知らなかった世界に住むイメージができるようになったのです。
 
イメージができた時人は動きだせる
 
他人の生き様を知ることは非常に参考できる。
 
自分が経験しないと気づけないことを教えてもらえる。だから疑似体験ができる分、経験値が
広がります。
 
人の生き方を知れた分、体験値が倍になっていきます。
 
私はこれまでと全く違う選択をし始めるのです。
 
これまで検討もしてこなかった選択です。
 
自分でビジネスを作る
 
できないのであれば自分でやればいいじゃないか。
 
単純にそう思えるように多くの人の生き様を知ることによって思うようになりました。
 
そしてそのことを考え始めてからは夢がより明確化夢がさらに大きなったのです。
 
固執していたものを手放す時真実がちゃんと見える
 
私が出版社でやりたかったは出版社でないとできないことではありませんでした。
 
むしろ出版社よりもっとしたいことをできる仕事があったのです。
 
直接クライアント様と向き合える仕事がたくさんあったのです。
 
そうそれが今やっているコーチであり速読講師だったのです。
 
遠回りしてきたものの後悔はありません。
 
こうして好きな仕事にありつけているわけですから。
 
でももっともちゃんと気づいれば、早かったなと思うことが多々あります。
 
あなたにはそうなって欲しくないです。
 
だから私はあなたのためにもっているすべてを捧げます。